本紙 88.6cm×39.0cm

 絹本著色 藤原鎌足像

  興福寺は、藤原氏の氏寺として知られる法相宗大本山の寺院である。前身は天智8年(669)に藤原鎌足の妻が造営した「山階寺(やましなでら)」に遡り、和銅3年(710)の平城京への遷都に際し、鎌足の子の藤原不比等が現在の地に移転し「興福寺」と名付けたと伝わる。

 本作は同寺本坊内の持仏堂から2023年に新たに発見された。縦長の一枚絹に岩絵の具で藤原氏の祖・鎌足とその子息の定慧(じょうえ)・不比等の姿を描く礼拝画像であり、数ある藤原鎌足像の中でも表現上古様を示す部分が少なくなく、成立は室町時代後期と考えられる優品である。

 しかしながら、現状は経年の劣化による本紙料絹の欠失や水ぶくれ状の剥離が各所に認められるほか、表装の損傷も著しく、掛軸としての懸用も困難な状況となっている。今後の安全な公開や研究等への活用も考慮し、長期の保存に資するよう修理を行う。


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