本紙 220.0cm×163.0cm

本著色 賢劫千仏図( けんごうせんぶつず) 

  豊前国分寺は天平13年(741)に聖武天皇が諸国に金光明四天王護国之寺(国分僧寺)並びに法華滅罪之寺(国分尼寺)の建立を詔したことにその源を発するが、平安時代後期には天台宗となり今日に至っている。
 
本図とともに同寺に伝来する胎蔵界曼荼羅図が調査の結果14世紀後半の制作と推測されるため、14世紀後半から15世紀にかけての制作と推測されている。制作当初の状態がよく残っており、福岡県下において中世に遡る数少ない仏画の一つとして貴重な作品である。
 
しかしながら、現状では奉懸できないほどに表装が傷んでおり、画面についても彩色が落ちかけている箇所が見受けられるなど修理が必要な状況にあった。2ヵ年計画の修復は、本年度で完了する。


©2021 The Sumitomo Foundation
前ページに戻る