本紙 32.5cm×57.2cm

紙本墨書 此山妙在墨跡( しざんみょうざいぼくせき) 

  光雲山崇禅寺は、文和3年(1354)初代妻木城主明智頼重が菩提寺として創立した、臨済宗妙心寺派の寺院である。

  鎌倉時代の執権北条時宗が招いた中国の宋随一の高僧といわれた無学祖元(むがくそげん)の高弟高峰顕日(こうほうけんにち)の弟子のうち夢窓疎石、仏徳禅師(ぶっとくぜんじ)と共に、此山妙在(1296〜1377)は三傑といわれ、美濃の禅宗史の上で欠くことのできない重要な人物である。

  この書は、崇禅寺(そうぜんじ)開山果山禅師の師にあたる仏徳禅師の法友である此山妙在が、康安2年(1362)に妻木城あるいは崇禅寺を訪れた際、果山禅師と月潭大居士(妻木城主明智頼高)に与えたもので、崇禅寺をたたえた詩偈(しげ)である。中世の土岐氏および禅宗史の研究資料としてその価値は高いとされる。

  しかしながら、本紙全体に経年による汚損、横折損とそれに沿った本紙料紙の剥離が多く認められるなど本格的な修復が必要となっている。


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