高さ 111.5cm 口径 66.7cm

 朝鮮鐘( ちょうせんしょう)

  銘文によれば、本鐘は朝鮮の新羅時代、大和7年(833)に菁州蓮池寺の鐘として造られたものである(銘文の年号「太和」は唐の年号「大和」の誤記とされる)。社伝によると、慶長2年(1597)に越前敦賀城主であった大谷吉隆(吉継)が豊臣秀吉の命をうけて常宮神社に奉納したとされる。明治33年(1900)に重要文化財に、昭和27年(1952)に国宝に指定されている。

  朝鮮鐘のなかで新羅時代に鋳造された鐘(新羅鐘)は現在11口確認されており、鐘身に刻銘がある在銘鐘は7口あるが、日本国内に現存するのは2口(本鐘と大分県宇佐市宇佐神宮所蔵)で、大変貴重な作例である。蝋型鋳物の焼き流し技法により鋳造され、文様は古様を示す珍しいもので、渡来鐘では最も大型な鐘の一つでもある。竜頭が笠上の珠を咥え、鐘身には天人、帯文、乳郭、撞座をもつ。銘文には鋳造の経緯、鋳造に携わった人物について記録があることから、美術史学・歴史学研究上非常に重要な鐘といえる。

   現在は全面が錆に覆われており、一部は進行性のものである。また、錆が瘡蓋状に固まっている箇所に埃が付着し鐘の状態を悪化させている。常宮神社は日本海沿岸に位置し、塩害を受けやすい環境にあることから、今後も錆の進行が懸念され、早急な防錆処置と修復が求められている。


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