像高 98.0cm

 木造毘沙門天立像(びしゃもんてんりゅうぞう)

 六道珍皇寺の開基は、奈良の大安寺の住持で弘法大師の師にあたる慶俊僧都(きょうしゅんそうず) で、平安前期の延暦年間(782〜806)の開創といわれている。当時は真言宗で、平安・鎌倉期には東寺を本寺として多くの寺領と伽藍を有していたが、中世の兵乱によって荒廃。南北朝期の貞治3年(1364)建仁寺の住持であった聞渓良聡(もんけいりょうそう)により再興・改宗され、臨済宗建仁寺派となった。
 左手に戟をとり、右手を腰に当てる体勢は、鞍馬寺木造毘沙門天立像と同様である。10世紀頃の制作と考えられており、
腹部、腰部の重厚な肉付きに10世紀の彫刻の特色が見られる。同寺が真言宗の寺院だった時の遺品と考えられている。
 
その造形には迫力があるが、面部の左半分、左肩より先の部分、台座、光背が後補である。右肩の矧ぎ目には接着剤の樹脂がはみ出し、面部、体部にも樹脂の濡れ色が散見され、尊容を損ねている。また、台座も傷みがあり、地震で転倒する恐れもある。
 適切な文化財修理を施せば、10世紀の彫像の典型的作例として改めて注目されることが期待される。


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